東京アンチモニー工芸品

東京アンチモニー工芸品は、東京で古くから作られてきた伝統工芸品です。アンチモニーはアンチモンと鉛と錫でできた合金のことで、この合金を溶かし加工したものをアンチモニー工芸品と呼びます。

職人の手によって一つ一つ加工が施され、美しい光沢を放ちながら、どことなくレトロな雰囲気のある魅力的な工芸品です。今回はそんな東京アンチモニー工芸品についてご紹介していきます。

由来・歴史

明治維新によって多くの彫刻師や鋳物師が職を失ってしまった結果、武具や金属製造などに移行していきアンチモニー製品の製造に着手しました。職人の多くは東京に集まり活動していたため、東京アンチモニー工芸品は特産品として一躍有名になりました。

明治期になると組合が設立されたり、富国強兵など国の方針によって外貨の調達および輸出が重要視されるようになり、多くのアンチモニー工芸品が輸出されアンチモニー産業は大きく発展します。第二次世界大戦後にドル高になった際、東京アンチモニー産業はその影響を強く受けてしまったため国内向け産業へとシフトしていき、トロフィーやメダルなどの製造に注力します。

2015年には経済産業大臣に伝統工芸品に指定され、現在もアクセサリーやインテリア小物など、日用品や服飾雑貨として販売されています。

特徴

東京アンチモニー工芸品の特徴は以下のような特徴があります。

  1. 加工し易い柔らかさ
  2. 丁寧に彫られた繊細で美しい模様3
  3. 一度に多くの製品を加工できるため低制作コスト

オルゴールやジュエリーボックスなど、どことなくレトロな雰囲気を感じることのできる美しい製品が数多く生産されています。また、アンチモニーは冷やすと膨張する性質があり、この性質のおかげで型の小さな隅まで埋まることにより、美しく形どられた工芸品が完成されます。

近年では、アンチモニー工芸に含まれる鉛は人体の健康に良くないとされ海外輸出の制限などの措置が取られるようになっていますが、環境に悪影響を及ぼさない鉛を使用した製品の開発が行われています。

作り方

東京アンチモニー工芸品の作り方について、日本の伝統工芸品 総合サイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は日本の伝統工芸品 総合サイトの公式サイトをご覧ください。

鋳型

まず、木や石膏で作った原型を元にして砂型を作ります。出来上がった砂型に真鍮地金合金を流し込んで金型を作り、その金型を組み合わせて、ようやく鋳型が完成します。鋳型の善し悪しが製品の表面の滑らかさを左右するため、熟練の技が必要な工程です。

鋳型への彫刻

出来上がった鋳型に模様を彫り上げる作業は、アンチモニー工芸品の全行程の中でも最も熟練を要する作業です。模様を反対に彫り込めるように図柄を写し取り、魚子紋様などの繊細な模様を彫り込みます。

鋳造加工

鋳造方法には、焼き吹き、戻し吹き、冷吹き、地金吹きの4つがあります。

焼き吹き

300℃~350℃の炉の中で、地金が溶けて流れるまで鋳型を熱し、湯を注ぎ込みながら徐々に水で冷やしていく、最もメジャーな鋳造方法です。鋳型を水に浸して、鋳型内の温度を職人の勘で下げつつ、鋳型を傾ける角度により湯の流れと空気抜けの微妙な調子をとる技は、まさに職人芸です。

戻し吹き

湯を型の湯口より注ぎ込み、10~15秒後に型を逆さにして中の湯を外に空けることによって、型の内側に湯を貼り付けて成形する方法です。内部が空洞でザラ肌が残るため、置物や内張りを施す宝石箱などの製品に用いられます。

冷吹き

焼き吹きの水冷をしない簡単な方法です。小さな製品向けです。

地金吹き

溶解してある地金の上に型を浮かせて熱する方法です。こちらも小さな製品の鋳造に向いています。

まとめ加工

鋳造された製品は「まとめ屋さん」と呼ばれる職人によって、仕上げ加工が施されます。キサゲやヒッカキと呼ばれる道具を用いて、金型の合わせ目が目で見ても判別がつかなくなるまで製品を丁寧に仕上げ、まとめ上げて行きます。

研磨

次のメッキ加工に移る前に、製品の表面をしっかりと研磨します。研磨が十分に施されているかが、メッキの善し悪しを左右します。

メッキ

製品によって金、銀、銅のメッキ加工を施しますが、下地としてまず銅メッキが必ず施されます。下地の銅メッキの上に着色をして、錆止めのエナメルを塗装する場合もあります。

塗装

メッキ加工後、錆を防止するために透明な塗装を施して完成です。

出典:日本の伝統工芸品 総合サイト

いかがでしたか?

東京を中心に作られている伝統工芸品、東京アンチモニー工芸品についてのご紹介でした。アンチモンと鉛と錫を混ぜた合金により、柔らかさと冷やすと膨張する特性を利用して作られる繊細で美しい模様の東京アンチモニー工芸品は、アクセサリーやオルゴール、小物入れなど様々な製品に加工され人々の生活の中に溶け込んでいます。

興味のある方はぜひ一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

伊賀焼

伊賀焼は、三重県伊賀市で作られている伝統工芸品です。耐久性に優れた粘土を使用し作られる伊賀焼は、土や自然の風合いを感じさせる焼き物です。壺や花器をはじめ、土鍋やコーヒーカップなど日用使いできる製品も多く作られており、古くから多くの人々に愛用されています。今回はそんな伊賀焼についてご紹介していきます。

由来・歴史

伊賀焼の歴史は今から約1200年ほど前に農民が日用品として焼き物を作り、使用していたことから始まります。1584年に筒井定次という人物が国主となり、筒井伊賀と呼ばれる茶器が生み出されたり、次に国主になった藤堂高虎という人物が藤堂伊賀を生み出したりして、伊賀焼は大いに発展します。

1669年に原材料である陶土の採取が禁止されてしまい、伊賀焼の生産量が落ち込み、徐々に衰退してしまいますが、江戸中期に入ると伊勢国津藩の藩主であった藤堂高嶷という人物の命で瀬戸の陶工から技術を持ち帰り、再び日用品が生産されるようになり、伊賀焼は復興を遂げます。

その後、1982年になると伊賀焼は国から伝統工芸品として指定され、現在も人々の生活を支える日用品として支持されています。

特長

伊賀焼の特徴は、非常に頑丈で火に強い特性を持っていることや、素朴さや自然、材質の質感をそのまま感じさせる特徴的な見た目などが挙げられます。伊賀焼に使用される陶土は熱に強く、土鍋や耐熱食器の制作に向いています。

高温で繰り返し焼き上げられることにより、器が引き締まり非常に耐久性の高い製品が生み出されます。また、伊賀焼は信楽焼と似ているため度々比較されますが、「伊賀に耳あり、信楽に耳なし」とよく謳われるように耳と呼ばれる持ち手が付いているか付いていないか、という違いがあります。

また、伊賀焼はガラスのようなビードロと呼ばれる美しい天釉も特徴的なものです。薪から出る灰が高温で溶かされることによってガラスのようになり、天釉が生まれます。伊賀焼は、伝統的な茶器や花瓶、壺などの製品以外にも、土鍋や耐熱性マグカップなどニーズが高い製品も販売されており、日常で使用するのにぴったりな伝統工芸品です。

作り方

伊賀焼の作り方について、JTCO日本伝統文化振興機構ウェブサイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方はJTCO日本伝統文化振興機構の公式サイトをご覧ください。

土練り

粘土を練ってもみます。土を均一にするために「荒練り」と、空気を抜くために、菊の花びらのひだができるように練る「菊揉み」を行います。

成形

『手作り法』、『形成形法』、『ロクロ成形法』の3つの異なった成型方法に分かれます。

半乾燥

空円で、生乾きの状態にします。

仕上げ1

カンナなどを使用して形を整え、絵付けをします。

 完全乾燥と素焼

自然乾燥で、作品から水分を十分になくしたあと、約700℃の窯で焼きます。

仕上げ2

素焼した作品の上に、鉄、コバルト等で絵を描きます。その後、釉薬をかけます。

本焼成

約1,200~1,300℃の窯で焼きます。

完成

窯がさめてから作品を窯出しします。
早く窯から出すと割れる場合があるので、十分に注意します。

出典:JTCO日本伝統文化振興機構

いかがでしたか?

三重県伊賀市で作られている伝統工芸品、伊賀焼についてのご紹介でした。恵まれた環境で採れる高品質な陶土で作られる伊賀焼は、繰り返し焼かれることによって耐久性に優れ火に強く、土鍋や耐熱皿として大変人気の高い魅力のある伝統工芸品です。

興味のある方はぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。

美濃和紙

美濃和紙は、岐阜県で作られている伝統的な和紙です。岐阜県は自然にあふれ、和紙を作る適切な環境が整っています。高知の土佐和紙、福井の越前和紙と並び、日本三大和紙の一つに数えられています。薄いけれど破れにくく、見た目も美しい美濃和紙。今回はそんな美濃和紙をご紹介いたします。

由来・歴史

美濃和紙は今から約1300年以上前、まだ岐阜の土地が美濃の国と呼ばれていた頃、その土地で作られていた紙が、現在の美濃紙の基礎となりました。美濃の国では、紙の原料に最適な楮や三椏、雁皮、水が豊富に採れることもあり、質の高い和紙を作ることができました。

当時の美濃の行政官が美濃和紙を手厚く保護し、開催される市や商人のおかげで美濃和紙は全国に行き渡るようになります。江戸時代になると、美濃の上有知港という川湊が栄え、経済の中心地となりました。江戸幕府や藩も美濃和紙を好んで使用するほど需要が高く、大変人気がある工芸品でした。

明治時代になると紙漉き業に携わるために必要な免許制度がなくなり、紙産業をはじめる人々が増加しましたが、技術革新や戦争などの影響により1000人以上いた職人は100にも満たないほど減少してしまいました。

しかし、美濃和紙の協同組合が設立されたり1985年に経済産業大臣から国の伝統工芸品指定されるなどして、美濃和紙は復興していきます。現在では、美濃和紙を使用したインテリアやアート、展覧会が開催されたりして、再び注目を集めるようになっています。

種類

美濃和紙は大きく分けて3つの種類があります。

  1. 本美濃紙
  2. 美濃手漉き和紙
  3. 美濃機械すき和紙

特長

美濃和紙の特徴は、手漉きでつくることによって得られる耐久性の高さ、他の紙と比べたときの黄ばみにくさなどが挙げられます。美濃和紙は薄く頑丈で、ムラがなく美しい高品質の和紙です。

高知の土佐和紙、福井の越前和紙とともに日本三大和紙と呼ばれていることからも、美濃和紙が最高峰の和紙であることが伺えます。また、通常の紙は使用するにつれて黄ばみますが、長く使用するほどにより白くなる利点があります。

現在は多岐にわたる現代のニーズにあわせた製品が数多く販売されたり、アート展が開催されるなどして再び人気が高まってきています。

作り方

美濃和紙の作り方について、美濃和紙の里会館のウェブサイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は美濃和紙の里会館公式サイトをご覧ください。

剥皮(はくひ)

楮の木の皮をむいて白い皮にします。

さらし

原料を水に浸す事によって、水に溶けやすい不純物「あく」を除き原料を柔らかくします。昔は「川晒し」といって、川の流れに2、3日 楮を浸しておきました。最近は作業場に作った水槽で行われることの方が多くなりました。

煮熟(しゃじゅく)

楮の繊維だけを取り出すために、晒された楮を炭酸ソーダを入れた大釜で2時間ほど煮ます。

ちりとり

まだ原料に残っている黒皮などのチリ、変色した部分などを、流水の中、丹念に手作業で取り除いていきます。

叩解(こうかい)

ちりを取り終わった原料を、石の板の上に置き、木槌で叩いてほぐします。途中何度か返して十分ほど叩解します。現在では、この作業は『ビーター』という機械で行われることも多くなりました。

紙すき

原料と『ねべし』と呼ばれるトロロアオイの根から抽出した液を、漉舟(すきぶね)に張った水の中に入れてよく混ぜ合わせます。次に、簀桁(すけた)という道具を使って漉舟(すきぶね)の中の液をすくい、揺ります。

圧搾(あっさく)

すき上げた紙に圧力をかけて水分を搾ります。1日間、時間をかけながら徐々に強く絞っていきます。

乾燥

一枚ずつはがした紙を特製の刷毛を使って板に貼り付け、天日で乾かします。今では、中にお湯を循環させる金属製乾燥機に貼り付けて乾かすこともあります。

選別

こうして出来上がった紙は、一枚一枚丹念に手にとって検品します。紙を光に透かして、破損、傷、チリなどの不純物があるものや斑のあるものを除き、紙の厚みも考慮して丹念に選別します。

裁断

選別した紙を特製の包丁で、用途に合ったサイズに裁断します。原料から、紙になるまで、大体10日かかります。また、原木から取れる原料の料は、約8%、紙になるのはその半分といわれるので、100キロの楮の原木から出来る美濃和紙はわずか4キログラムほどということになります。

出典:美濃和紙の里会館

いかがでしたか?

岐阜県で作られている伝統的な和紙、美濃和紙についてのご紹介でした。薄く頑丈でムラがなく美しい高品質の美濃和紙は、インテリアやランプなどモダンな製品が作られたり展覧会が開かれるなど、近年再び注目を集めている伝統工芸品です。興味のある方はぜひ一度お手に取ってみてはいかがでしょうか。

常滑焼

「日本六古窯」の中でも一番長い歴史を持つ常滑焼は、愛知県常滑市で作られる焼き物であり、長い歴史を持つ稀有な陶磁器です。

朱泥という赤い土を使用して作られるため、独特の赤味のある色合いに焼きあがります。経済産業省大臣によって伝統工芸品として、平成29年には日本遺産として指定されています。今回はそんな常滑焼についてご紹介します。

由来・歴史

弥生時代から奈良時代にかけて、日本では土器づくりが盛んに行われていました。五世紀頃になると、中国から窯の技術が伝わり、より強固な焼き物を焼くことができるようになりました。

その後、常滑の広い範囲に穴窯が開かれ、皿や茶わんなどの日用品が作られるようになりました。中世の常滑焼は大きな壺など大型の製品を多く生産していました。常滑焼といえば急須が有名ですが、江戸時代に入った頃、煎茶の文化が流行しはじめ、常滑でもたくさんの急須などの茶道具が生産されました。

安政元年に杉江寿門という人物が、現在の常滑焼に近い朱泥を使用した急須を生み出しました。明治時代以降、時代の流れに合わせ常滑焼は土管やレンガとしても生産され始め、全国で使用されるようになります。

特長

常滑焼は、製作に必要不可欠の材料である朱泥の中に酸化鉄を多く含んでいるため、お茶のタンニンと反応し合い、味がまろやかになっておいしいお茶を楽しむことができる特徴があります。

また、この朱泥は常滑焼の焼きあがり方にも大きな影響を及ぼしています。通常の陶磁器に使用される陶土は鉄分が多く含まれていると扱いづらいとされていましたが、常滑焼はその性質を利用し赤褐色の綺麗な焼き物を作り出しました。

朱泥は水に強く、急須の素材にとても向いていることもあり、常滑焼の代表的な製品として、急須があります。他にも、前述の通り日本六古窯の中でも最も古い歴史を持っていることや、レンガやタイルなど食器や日用品いがいの常滑焼も作られていることなども、常滑焼の大きな特徴です。

作り方

常滑焼の作り方について、愛知の地場産業のウェブサイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は愛知の地場産業公式サイトをご覧ください。

ろくろ成形、押型成形または手ひねり成形により成形した後、加飾(かしょく)、施釉(せゆう)を経て焼成します。無釉製品の場合は常滑焼独自の素地磨きを行い、焼成後、羽毛で磨きをかけ、艶を出して完成します。

出典:愛知の地場産業

いかがでしたか?

愛知県常滑市で作られる焼き物、常滑焼についてのご紹介でした。「日本六古窯」の中でも一番長い歴史を持つ常滑焼は、赤褐色の色合いやなめらかな手触り、丈夫で割れにくいなど利点を多く持つ伝統工芸品です。ぜひ一度お手に取ってみてはいかがでしょうか。

有松・鳴海絞り

有松・鳴海絞りは、愛知県名古屋市有松、鳴海地区でつくられている伝統工芸品です。江戸時代から続く有松絞り・鳴海絞りの歴史は長く、数々の絞り方が生み出されおり、様々な種類の模様を楽しむことができます。絞りの生地特有の少しでこぼことした肌触りにより、肌に布がくっつきすぎることがないため、夏を快適に過ごすことができるメリットがあります。今回はそんな有松・鳴海絞りについてご紹介致します。

由来・歴史

有松・鳴海絞りは、江戸時代に有松の地に移住した竹田庄九郎が、大分から名古屋城の建設を手伝いに来ていた人が持っていた手ぬぐいの柄からインスピレーションを得て、新しい絞りの方法を編み出しことが有松・鳴海絞りの根底にあります。

竹田庄九郎の出身地である知多産の木綿を絞り染めをし、東海道を通る旅人に販売していました。その人気ぶりは大変なもので、尾張藩が藩の特産品として保護をするほどでした。その結果、有松・鳴海絞りはますます発展していきます。

種類

有松・鳴海絞りの絞り方及び模様には、たくさんの種類があります。

雪花絞り

染めた模様が雪の結晶のようにみえることから名づけられました。

鹿の子絞り

古来より鹿は神の遣いと信じられており、鹿の背中の斑点模様に似ている鹿の子絞りは厄除けとして重宝されていました。布を小さくつまんで絞るという方法で模様を付けているため、とても繊細で手間がかかるため、技術力を要する技法です。

手蜘蛛絞り

まるで蜘蛛の巣のようにみえることから名づけられました。職人の高い技術によってひとつひとつ蜘蛛の巣の模様が均一に絞られていきます。

三浦絞り

有松・鳴海絞りの代表的な絞り方のうちの一つであり、大分から有松の地に移り住んだ三浦玄忠という医者の奥さんがこの技法を有松の人々に伝えたことからこう名付けられました。

嵐絞り

斜めに入った細く鋭い線が印象的で、まるで嵐の雨のようにみえる絞り方です。

特長

有松・鳴海絞りの特徴は、多彩な絞り方による模様の種類の多さ、職人による手作業で絞られ完成される繊細でやさしさ溢れる布地の美しさ、絞り特有のでこぼことした立体的な独特の触り心地などが挙げられます。

有松・鳴海絞りの絞り方は100種類以上もあったと伝えられており、現在でも約70種類もの絞り方が伝承されています。現在は伝統的な浴衣や手ぬぐいなどの製品に加え、ネクタイやエコバッグなどニーズにあわせた普段使いしやすい商品も生産されています。

作り方

有松・鳴海絞りの作り方について、有松・鳴海絞会館のウェブサイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は有松・鳴海絞会館公式サイトをご覧ください。

型彫り

図案が決定したら、よく切れる小刀やハト目抜きで、模様を切り抜いたり、穴をあけて型紙を作ります。

絵刷り

出来上がった型紙を布の上に置き、刷毛で青花の模様を刷り込んで写します。青花は露草(栽培用)の色素を酸で抽出し、和紙に浸み込ませて乾燥させたもので、必要に応じて小さく切り、小皿に置き少量の水で溶いて使います。

くくり

通常4~5人の家庭へ次々と廻されて、加工されます。技法により様々な加工方法及び道具が異なります。写真は筋絞りの加工。代表的な道具では、烏口台・鹿の子台・巻き上げ台などがあります。

染色

専業の染屋によって各種の染色が行われます。絞り染めの染色は、一般に浸染めで行われますが、特殊な染め方をする場合もあります。染液は、用布に適した染料、助剤などを使用してつくる。また用途や量によっても染料が違い。染方が変わってきます。

糸抜き

絞り染めは糸を締めることによって防染をするので、とくに堅く糸留めをしています。糸抜きの際は、布の破損に注意し、手早く行う。絞りの種類によって糸抜き法も異なりますが、大体四つに分けられます。1反に3~4日を要するものも有ります。

仕上げ

反物として巻かれる仕上げと、仮縫いして図柄のわかる絵羽仕上げがあります。

出典:有松・鳴海絞会館

いかがでしたか?

愛知県名古屋市有松、鳴海地区でつくられている伝統工芸品、有松・鳴海絞りについてのご紹介でした。江戸時代から続く伝統を受け継いできた長い歴史の中、100種類以上もの絞り方が存在していた有松・鳴海絞りは、手作業で絞られ丁寧に作られることによって、繊細さや優しさ、あたたかみを感じさせる魅力的な伝統工芸品です。ご興味のある方はぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。

九谷焼

九谷焼は、主に石川県加賀市で作られている陶磁器です。とても豪華で美しい絵付けが施されている、高級感漂う伝統工芸品です。大胆で派手な赤、黄色、緑、紺など鮮やかな色彩・絵柄の製品が多く、動物や植物など花鳥風月のモチーフが描かれています。今回はそんな九谷焼についてご紹介致します。

由来・歴史

九谷焼の歴史のはじまりは、江戸時代までさかのぼります。大聖寺藩の初代藩主である前田利治が、後藤才次郎に命じて有田で陶器の技術を身につけさせ、作られた陶器が現在の九谷焼のもとになっています。久谷村で陶石が発見されたことにより、九谷焼と名づけられました。

後藤才次郎の窯は、理由もはっきりしないままわずか50年ほどで閉鎖されてしまいます。この時期に製造された陶器は古九谷と呼ばれ、現在も多くのファンの心を惹きつけています。

それから100年程経った後、加賀藩がはたらきかけ、再び九谷焼が作られるようになりました。これにより数々の窯元が開かれ、様々な絵柄が考案されるなど、九谷焼は復興を果たし、再度発展していくことになります。

昨今では、若い人々向けに現代風の絵付けやデザインがなされた製品の制作もされるなど、幅広い年齢層から支持を得ています。

種類

古久谷風

呉須と五彩を用い、植物や動物などの絵付けがしてある。

飯田屋風

赤の絵付けが印象的な緻密描法によって描かれ、唐人をモチーフに描かれることが多い。

吉田屋風

緑や黄色が印象的な四彩の色合いが印象的な作風で、緻密に描かれた模様が印象的な技法。

木米風

京都の文人画家・青木木米という人物が考案した技法で、赤色を下地として上に五彩の色付けをする。中国風の人物などがモチーフとして描かれることが多い。

庄三風

中国風の赤や永楽風の金襴手などの伝統的な技法を取り入れている豪華な技法。

永楽風

金色の上に赤色を全体に塗り込み、その上に金で模様を書き込む。豪華で派手な見た目が特徴。

特長

九谷焼の特徴として、赤、青、黄、緑、青の五色の鮮やかな色彩を用い表現される人物や花鳥風月の美しい絵付け、数多くの伝統的な技法が存在していることなどが挙げられます。

職人の手によって施される豪華絢爛な花や植物、人などの絵付けは大変美しく、根強い人気を誇る伝統工芸品です。また、九谷焼は伝統的な技法によって作られるもの以外にモダンなデザインや型を採用し、現代のニーズにあった製品を生み出し続けており、現在も発展し続けています。

作り方

九谷焼の作り方について、加賀久谷陶磁器協同組合ウェブサイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は加賀久谷陶磁器協同組合の公式サイトをご覧ください。

成形

陶石を粘土状にしたものを、ロクロや型を用いて器などの形状に成形します。数日乾燥させて半乾きの状態になったら、器の高台(底)や縁仕上げなど細かい削りの仕上げをします。

素焼き

素焼き窯に入れ、800℃前後で軽く焼き固めることで、器の強度が増し、後の作業が行いやすくなります。江戸前期の古九谷の時代は素焼きをしていなかったといわれます。

下絵付け(染付)

釉薬をかける前の素焼きの器に柄模様を描くことを「下絵付け」といいます。下絵付けの技法の一つである「染付(そめつけ)」は、「呉須(ごす)」というコバルトを含んだ顔料を用いて描かれます。

釉薬がけ

器の表面に均一に釉薬をかけます。釉薬は珪石や長石、石灰などを水に溶かしたものです。焼くとガラス質の膜となって陶磁器の表面を覆い、水分や汚れを吸収しにくくなるほか、美しい光沢がつきます。

本焼き

約1300℃の高温で焼くと、器と釉薬がガラス化して磁器になります。器は硬く焼き締まり、地肌は白く、釉薬は透明になります。この状態のものを「白素地(しらきじ)」といい、かつては登り窯で焼かれました。また、下絵をつけた作品には、透明になった釉薬の下から藍色に発色した呉須の絵模様が現れます。

上絵付け

焼き上がった白素地の上に絵をつけることを「上絵付け」といいます。上絵用の呉須で輪郭線を描き、その上に赤、紺青、緑、黄、紫の和絵具(色釉)を盛るように配色します。和絵具は焼き物の絵付けに欠かせないもので、ガラスの粉に着色剤として鉄や銅、マンガンなどの金属を混ぜて作ります。焼く前と後では違う色になり、焼くと透明感のあるガラス質に変わります。和絵具は厚く盛り上げるほど濃い色になります。

錦窯

錦窯に入れ、やや低温の800℃前後で焼くと、和絵具が溶けて美しい色のガラス質になり、磁器の表面に焼き付きます。金や銀の絵模様を描くときは、この後に描き加え、少し低い温度でもう一度錦窯で焼きます。

こうして九谷焼の焼成は、染付のように下絵のみで終わらせる作品でも2回、上絵を描く場合は3回、金や銀を使う場合は4回も焼き上げてようやく完成します。

出典:加賀久谷陶磁器協同組合

いかがでしたか?

九石川県加賀市で作られている伝統的な陶磁器、九谷焼についてのご紹介でした。

伝統的な技法を用い赤、青、黄、緑、青の五色の鮮やかな色彩を用い表現される美しい絵付けはとても豪華で、格式の高さを感じられる工芸品です。興味のある方はぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。

駿河竹千筋細工

駿河竹千筋細工は、静岡県で作られている竹細工の伝統工芸品です。駿河の地は竹を育てるのに適した土地であったため、竹細工の文化が根付きました。

竹細工は日本各地で作られていますが、ほとんどが平ひご(竹を編み込む方法)によるものであり、その中でも丸ひごを指して組み立てる方法で制作をしていることは大変珍しく、駿河竹千筋細工の大きな特徴の一つです。今回はそんな竹細工の伝統工芸品、駿河竹千筋細工についてご紹介致します。

由来・歴史

駿河竹千筋細工の歴史はとても古く、弥生時代の登呂遺跡の出土品により竹製のザルなどを使用していた形跡があるため、古来より人々の日用品としてなじみ深いものであったことが伺えます。

江戸時代には、参勤交代で駿河の地に立ち寄った大名や武士、旅行者の間で竹製の笠、かご枕などの製品が大人気で評判が良く、「駿河細工」と呼ばれていました。天保11年に岡崎藩士であった菅沼一我が静岡を訪れ、宿泊していた宿の息子である清水猪兵衛に「丸ひご」の技法を伝えたことにより、今日に続く駿河竹千筋細工の基礎が築かれました。

明治期にはウィーン国際博覧会に出品したことにより外国からも高評価を受け、多くの製品が輸出されることになりました。その後、昭和51年に通産大臣により伝統的工芸品に指定され、現代でもニーズに合わせた魅力的な製品の生産が続いており、人々からの支持を受けています。

種類

主にマダケ、モウソウチクという竹を使用します。

特長

駿河竹千筋細工の特徴として、作り方が他の地域の竹細工とは異なる点があげられます。竹製品は静岡以外の地域でも生産されていますが、他の産地では平ひごを使用していることが多いのに対し、駿河竹千筋細工は丸ひごを使用しています。

あけた穴に一本一本ひごを通し千筋にすることで作品を作り出しています。職人の熟練された技により、竹ひごをしなやかに曲げていき、美しい曲線を生み出します。

また、駿河竹千筋細工の制作は一人の職人が一貫して作業をしており、作業のうち約九割は一人の職人が仕上げます。そのため、一人前の職人になるためには技術を磨くことが必須であり、一人前になるまで長い時間を要すると言われています。

いかがでしたか?

静岡県でつくられている伝統工芸品、駿河竹千筋細工についての特集でした。古来より人々の日用品としてなじみ深いものであった駿河竹千筋細工は、竹の素材を生かしたあたたかみのある工芸品です。

江戸時代からざるや笠、かご枕などの製品として人々の日常を支えてきましたが、現代では風鈴、花器、ランプなど形を変えて今なお人々の生活に寄り添い、愛用されています。

箱根寄木細工

箱根寄木細工は、様々な木材を寄せ合わせ、繋げることで作りあげる伝統工芸品です。江戸時代から続く長い歴史を持った工芸品であり、今日では箱根を立ち寄った際の定番おみやげとして人々の間で定着しています。今回はそんな箱根寄木細工をご紹介致します。

由来・歴史

箱根寄木細工は、江戸時代後期にはじまったと言われており、石川仁兵衛という人物が静岡から寄木細工の技術を学び、箱根に持ち帰ります。江戸時代には東海道が整備されたため箱根を訪れる人々が増え、石川はそのような人に対してのお土産として箱根寄木細工を考案しました。

予てから箱根の地には木を扱うことを生業とする職人が多かった背景もあり、手の込んだ紋様の商品が作られる等の発展をしていきました。ペリーの船が来航した際、職人が箱根細工を熱心に紹介し箱根細工は定番の土産ものとして定着することになりました。

横浜の開港をきっかけに寄木細工は世界へと輸出されるようになり、箱根寄木細工は益々繫栄し発展していきます。その後、日中戦争がはじまる頃に箱根細工は一時衰退していきますが、金指勝悦が新しい技法を考案したことによって再生し始めます。1984年には通商産業大臣から伝統的工芸品として指定され、現在も人々の間で評価されています。

種類

主な寄木細工の模様

麻の葉、亀甲、乱寄木、鱗、市松、七宝矢羽根など

主な寄木細工で使用する木材

欅、桜、エンジュ、神代木、ミズキなど

特長

箱根寄木細工の特徴としては、多種多様でバリエーションに富んだ伝統的な模様や、使用する木材によって色味が違うため、様々な色使いの組み合わせやハーモニーを楽しむことができる点などがあげられます。

寄木細工は、木を寄せ合うことで模様を表現する技法であり、何種類もの木材を使用し100種類を超える模様を生み出すことができます。素材の色味や暖かみをそのまま生かして制作していているため、自然の持つ魅力や持ち味をじかに楽しむことができます。

古き良き伝統の模様が施されたお椀などの食器や、仕掛けの施された定番のからくり箱のほかに、寄木細工のコースターやしおり、フォトフレームなど現代にあわせた作品も制作されています。

作り方

箱根寄木細工の作り方について、日本の伝統工芸品総合サイトから抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は日本の伝統工芸品総合サイトをご覧ください。

材料の乾燥と選定

まずは作りたい模様に必要な木材を選びます。
乾燥は、作品の加工をしやすくしたり、品質を保つ為には大切な工程です。模様の配色や木目を考えながら選定していきます。

部材木取り

木取りとは本来、丸太の状態から角材を切り出す作業のことを言いますが、ここでは板材から模様となる一部を切り出すことを意味します。

手押しカンナ盤という機械を使い、板材のザラザラと粗い表面をなめらかにした後、自動カンナ盤で厚さを決めて削ります。厚さは工程の最後にペーパーを使って仕上げることを考慮して、+0.1~0.2ミリ厚めにします。出来上がった板は、作りたい模様の配色を考えながら重ねて貼り合わせていきます。

カンナがけ

貼り合わせた板をもとに、模様の基となるパーツを作っていきます。板からパーツの型に合わせて切り出し、さらにそのパーツの一辺の型にはめて、カンナで均一に削り整えていきます。パーツを合わせた時に隙間ができないように、慎重かつ正確さが求められる工程です。

寄木

出来上がったパーツ同士を合わせて接着し、1つの模様を作ります。これを単位模様(たんいもよう)と呼びます。

厚さ揃え

単位模様に、同じ模様や違う模様を寄せ集めてボンドで接着する作業を繰り返すことで、大きな模様が生み出されていきます。この大きな模様ができた板を種板(たねいた)と呼び、この種板をナイロンひもで周りを巻き付け固定し、24時間以上かけてしっかり接着させます。最後に紙やすりで表面をなめらかにします。

加工

種板を作品にするための工程に入ります。ろくろや自作の道具などを使って少しずつ削り形にしていけば完成です。

出典:日本の伝統工芸品総合サイト

いかがでしたか?

旅人が多く訪れる地、箱根の伝統工芸品、箱根寄木細工についての紹介でした。様々な木材を寄せ合わせ、つなげることでつくりあげる寄木細工は、多種多様でバリエーションに富んだ伝統的な模様や木材よって異なる色のハーモニーを楽しむことのできる魅力的な伝統工芸品です。ご興味のある方はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

会津本郷焼

会津本郷焼は、福島県会津市で生産されている伝統工芸品です。約400年以上にも続く歴史を持ち、伝統の技術が受け継がれてきました。毎年夏にせと市が開催されるなど、現在も人々の間で愛用され続けている会津本郷焼。今回はそんな会津本郷焼についてご紹介致します。

由来・歴史

会津本郷焼の産地は、東北で最も古い産地だと言われています。今から400年も前の戦国時代に蒲生氏郷公という人物が若松城の屋根瓦を作らせたことから、会津本郷焼の歴史が始まったと伝えられています。

その後、江戸時代に入り、会津藩主である保科正之に招かれた瀬戸出身の陶工・水野源左衛門が本郷村で焼き物づくりに適した土を発見したことにより陶器製造がはじまり、今日の会津本郷焼の基礎を築きました。1800年頃になると、本郷村で大久保陶石が見つかったため、藩は磁器をつくろうと試みます。

磁器の生産で有名な有田に佐藤伊兵衛という人物を送りこみ、磁器づくりの技術を持ち帰らせ、磁器づくりもはじまります。その後も職人たちはそれぞれに窯元を開き、発展していきました。会津本郷では現在も営業している窯元が多数あり、今日に至るまで焼き物がつくられています。

種類

陶器と磁器両方の制作が行われており、これは全国的にみても珍しいことです。窯元や職人によってデザインやスタイルが異なり、手触りや形、色遣いなど、それぞれの個性があります。色付けには飴釉、青磁釉、白磁釉などが使用されています。

また、伝統的なもの以外にも可愛らしい動物などのキャラクターが描かれたものや、カラフルな色遣いのものなど、幅広いラインナップがあり、より多くの人に親しみやすいようになっています。

特長

会津本郷焼の特徴としては、白磁、青磁など様々な材料や異なったスタイルの作品が作られていることや、陶器と磁器の両方を制作している窯元が多数あること、コーヒーカップ、カフェオレボウルなどの製品をはじめ現代のニーズにあわせた製品の生産にも力を入れていることなどがあげられます。

光沢や手触りなども作り手によって異なるため、自分好みのデザインや色使いの製品探しを楽しむことができます。また、会津本郷の地は経済産業長により、1993年に伝統工芸品の産地に指定されています。

現在も窯元がここ一体に集まっているため、散歩がてらここ一体をぐるりと回るのも風情があっておすすめです。焼き物特有の素朴でシンプルな美しさがあり、飽きの来ないデザインの食器などが多く食事の際など空間に彩を添えてくれます。

作り方

会津本郷焼の作り方について、東北経済産業局から抜粋してご紹介致します。詳しく知りたい方は東北経済産業局公式サイトをご覧ください。

成形

次の技術又は技法によること。

  1.  ろくろ成形、手ひねり成形又はたたら成形によること。
  2.  磁器にあっては、(1)に掲げる成形方法によるほか、素地が(1)に掲げる成形方法による場合と同等の性状を有するよう、素地の表面全体の削り成形仕上げ及び水拭き仕上げをする袋流し成形又は「二重流し成形」によること。

素地の模様付け

印花、櫛目、はけ目、イッチン盛り、面とり、はり付け、布目、化粧掛け又は彫りによること。

下絵付け

線描き、つけたて、浸しつけ又はだみによること。この場合において、絵具は、「呉須絵具」、「鉄錆絵具」又は「銅絵具」とすること。

釉掛け

浸し掛け、流し掛け又は塗り掛けによること。 この場合において釉薬は、磁器にあっては、「木灰釉」、「石灰釉」、「青磁釉」、「海鼠釉」、「鉄釉」、「銅釉」、「黄磁釉」又は「金結晶釉」、陶器にあっては、「土灰釉」、「あめ釉」、「白流し釉」、「青流し釉」、「鉄釉」、「銅釉」、「黄磁釉」、「貫入釉」又は「乳白釉」とすること。

上絵付け

線描き、つけたて又はだみによること。

出典:東北経済産業局

いかがでしたか?

福島県会津市で生産されている伝統工芸品、会津本郷焼についての特集でした。400年以上にも続く歴史を持ち、様々なデザインやスタイル、手触りや形、色遣いなどがあり、それぞれの個性にあふれた作品が、職人の手によって作られています。ご興味のある方はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

小田原漆器

小田原漆器とは、現在の神奈川県小田原市で作られている、室町時代から続く伝統工芸品です。漆によって艶やかに輝く様子が大変美しく、つるつるとした触り心地の良い小田原漆器は、箱根で採れた木材が使用されており、自然の素材の持ち味が生かされた逸品でもあります。今回はそんな小田原漆器についてご紹介い致します。

由来・歴史

小田原焼の歴史のはじまりは、室町時代中期にまで遡ります。ろくろの扱いに長けていた人たちが箱根で採れる木材を削り出し、漆を塗ったことからはじまりました。

北条氏康という人物が小田原漆器を手厚く支援し、塗師を呼ぶなどして彩漆塗の技術をもたらし、さらに発展していきました。

江戸時代に入ると、お椀などの器以外の商品も生産され始め、生産数はさらに拡大していくことになりました。昭和59年には通商産業大臣より「伝統工芸品」として指定され、今日まで技術が受け継がれています。

塗り方の種類

摺漆塗(すりうるしぬり)

木に直接漆を繰り返し何度も塗り込んでいく技法。

木地呂塗(きじろぬり)

透明な漆を塗りつけ、木目の美しさを特に際立たせる技法。

彩漆塗(いろうるしぬり)

朱漆や黒漆など、色付きの漆を塗る技法。

特長

小田原漆器の特徴は、天然素材を使用することによって楽しむことのできる木目の模様や、漆塗りの艶やかな輝き、磨き上げられたことによる非常になめらかな触り心地などがあげられます。漆器を作るための材料も、箱根の自然豊かな環境でのびのび成長した丈夫で歪みなどの少ない上質な欅を使用しています。

また、長南使用することによってだんだん美しい木目の模様がはっきりとしてきて、経年劣化も楽しめる工芸品であることも特徴の一つです。シンプルで飽きの来ない洗練された伝統工芸品である小田原漆器は、普段使いにとても向いています。

あまり派手なデザインの食器は使いたくないかも、といった方にぴったりの品です。

いかがでしたか?

神奈川県小田原市で作られている伝統工芸品、小田原漆器についての特集でした。天然素材を使用することによって楽しむことのできる木目の模様や漆塗りの艶やかな輝き、磨き上げられたことによる非常になめらかな触り心地など魅力が詰まった小田原漆器は、洗練されたシンプルなデザインで飽きの来ない普段使いにぴったりの食器です。

ご興味のある方はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。